2026/09/14 11:50

壱岐の海は、まだ夏の色をしている。日差しは強いし、波の音も変わらない。けれど夕方になると、風だけが少し先に変わる。昼間の熱をそのまま運んでいた風が、涼しさを少しだけ混ぜて吹くようになる。半袖のまま外に出て、思わず腕をさすってしまう。そんな日が、九月の壱岐にはある。

季節の変わり目は、いつも静かにやってくる。誰かが「今日から秋です」と教えてくれるわけではない。気がついたら、夕暮れが少し早くなっていて、虫の声がいつのまにか違っていて、空の高さが変わっている。壱岐に暮らしていると、そういう小さな変化に敏感になる。海に囲まれた島だからこそ、風や光のわずかな違いがよく見えるのかもしれない。




こんな季節の変わり目には、食卓も少しずつ変わっていく。冷たいものばかりだった食卓に、温かいひと皿が恋しくなってくる。葦束の燻製ベーコンや、壱岐産の燻製あじ干物も、そんな季節によく似合う。フライパンの上でじんわりと脂が浮いてくる音、立ちのぼる燻香。涼しくなってくると、その一手間がこれまでよりずっと自然に感じられて、秋の食卓に馴染むひと皿になっていく。





季節が変わっても、葦束が作るものは変わらない。桜の木の煙をゆっくりとまとわせる、そのやり方は変わらない。変わるのは、それを迎える食卓の温度のほうだ。夏は冷たいビールの隣に。秋は、湯気の立つ皿の隣に。同じ燻製が、季節によって違う顔を見せてくれる。そこがおもしろいところだと思う。


壱岐の風がひとつ涼しくなるたび、工房のまわりの空気も少しずつ秋に近づいていく。まだ本格的な秋には早い。でも、そのあいまいな季節が、わたしは好きだ。半袖と長袖のあいだで揺れるこの時期に、温かいひと皿と燻製の香りが、食卓に似合う季節になってきた。壱岐の夏が、静かに秋へ場所を譲っていく、その途中の時間を感じながら。

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